◆「こころの時代」シリーズ4◆           最新更新 H14・3・21
【ボロぐつの語ったはなし】





 「この世でくちないものはない」とボロぐつがいいました。「はっきりいって、お金持ちのいのちもくちる。そのお屋敷もいつかくずれる」
  こういったボロぐつは、なるほど底はすりへってかたむき、前はほつけてパックリと口をひらいて、くずれかけていました。
 「お前がいうと、せっとく力があるねえ。くちる≠バッチリ実行しているってかんじだもんな」
 こういったのは、ハマグリのカラでした。
「おまえだってパックリと口をひらいて、にたようなもんじゃないのかい」と手アカによごれた電卓がいいます。
 「わたしだって、にたようなものだわ」 ケーキのあき箱が、すこしフタをひらいてつぶやきました。
 ここはM市の焼却場のゴミおきばです。
 「みてみろよ、このゴミの山を!」 ハマグリがいいました。  「ここにいるものはぜんぶ、人間に利用するだけ利用されて、そのはてに捨てられたものばかりなんだ。ぼくはにえくりかえったお湯のなかにほうりこまれて、しかもだよ、生きたままだぜ、どうおもう? お湯のなかでぼくがちからつきてフタをとじているパワーもなくなったとき、ヤツらはこういったよ。フタをひらいたよ。生きのいい貝だったんだ。よかったね≠セって! ぼくのハラワタは、あのときのお湯とおなじにいまもにえくりかえってるんだ。けっして、さめることはないぞ! ヤツらにこそ、にえ湯をのませてやりたいよ!」
 「そのとおり! 人間てヤツはね、他人の残酷にはうるさいくせに、自分は残酷のままなんだ! さいあくのエゴイストだよ! ぼくなんかね、足をもがれてさ、その足をタテにわられてね、それから身をほじくられて、のこりはポイだ! ぼくの足をぜんぶほじくって食べてしまって、ヤツのいったことばはただひとことうまい!≠セって。とんでもないヤツらだよ人間ていうのは!」 こういったのは、ズワイガニでした。ズワイガニはバラバラにされたまま、顔をしかめ、体じゅうを赤くそめておこっていました。
 「ぼくはね、毎日毎日、おカネの計算ばっかりやらされたんだ。人間ていうのはまったくカネのすきな動物でねえ。人間さんのカネの計算だけでぼくの人生はジ・エンドさ! つまらん人生だったよ…」こういったのは、人間の手アカで黒くよごれた電卓でした。0≠ニ+≠フ文字は塗料がはげて、たいへん見えにくいじょうたいでした。
 ハマグリがいいました。
   「ようするに、ここに捨てられたものの数だけ、人間へのうらみつらみがあるということだ」
   「ちょっと、まってくれないか」  こういったのは、ボロぐつでした。「そもそも君たちね、人間のことをヤツらよばわりするのはよしたほうがいいと思うよ。世の中、いやこの宇宙、たったひとつの体のように、ぜんぶがひとつものなのかもしれないんだ。ひとりひとりにポジションというのがあって、それぞれに役割と持ち場があるだけでさ」
 「ボロぐつは、なにをいいたいのかね。人間に、ボロにされたんじゃないのかい! それなのに人間の味方をしようというのかね。バカなやつだね」 ハマグリがいいます。
 「まあきいてくれよ。ぼくがこんなふうになったのは、ぼくのご主人さんの仕事さがしのせいなんだ」
 「それみろ!」
 「おじさんはある建築会社の課長さんだったんだ」ボロぐつはつづけます。「気のいい奥さんと、高校生の男の子、中学生の女の子、それにパン≠ニいう名まえの茶色いイヌが1匹。4人と1匹のくらしだったんだ。あのころは、ぼくも新しくてね、ピカピカ光ってカッコよくて鼻高々で街なかを歩いたものだったよ。おじさんチの子どもたちはまじめだし、すべてが、平和で調子よくながれていたねえ。でも、ながい不景気のあおりをくって、おじさんの会社はきょねんの暮れ、とつぜんつぶれてしてしまったんだ。ここにいる仲間たちと同じに、仕事をなくしたおじさんはつめたい風がふく街なかにすてられたんだ!」
 「おじさんは、ぼくたちと同じだったのか。きのどくだなあ。おじさんのつらさが骨みにしみるねえ」
 こういったのは、頭と骨だけになったアジでした。


 ボロぐつはつづけます。  「おじさんは、世のなかがイヤになったといって毎日家でゴロゴロ、ビールを飲みながらテレビをみてるばかりなんだ。おとなしい奥さんは台所で、ひとり、声をころして泣いていたね。その声が、くつ箱のなかのぼくにも聞こえてきてね、つらかったのなんのって! それだけじゃない、毎朝7時ごろになると、コツコツ、コツコツと表通りを駅に向かうくつ音がいくつもいくつも聞こえるんだ。だけど、おじさんはもう玄関にはあらわれなくて、ぼくは一日中暗いクツ箱のなかでうずくまっているしかなかったんだ。1カ月たってもぼくの出番はなく、2カ月たってもおよびはかからなかった。とうとうおとなしい奥さんが近くのスーパーに働きに出たね。しかし、そだちがよくてのろまな奥さんは、店でヘマばかり、しかられてばっかりでねえ、仕事から帰ってくると玄関さきで「ワーッ!」と泣いたね。なにもかもがチグハグになってしまったよ。こうして3カ月がすぎ、6カ月がすぎ、ぼくは早くおじさんが元気をとりもどしてくれることを祈ったよ。やがて、学費がはらえないということで、高校生のむすこさんが学校をやめなければいけない、という話がもちあがって、奥さんは大声あげて泣くし、おじさんはどなるし、妹さんは2階の自分の部屋にとじこもってしまって出てこないし、カンのいいパン≠ヘ大すきなパンを食べなくなるし、そりゃあもうひどいじょうたいだったんだ。ぼくは、くつに生まれていながら、はいてもらえないさびしさ、この世に生まれていながら、なんのお役にも立てていないひとりぼっちのさびしさに、体がふるえたね。一日ぢゅうくつ箱の中でたらたらしていて楽だったろうなんていったものがいたけど、そんなものじゃない。それがどんなにつらいことか、君たちにわかるかね。だって、ぼくがこの世にいなくったって、世の中同じなんだもの。「お前、死んだってかまわないんだよ」って言われてるのといっしょなんだもの。おじさんもおなじ気持ちだったとおもうよ。自分で自分を役立たず!≠チてののしることよりほか仕事がないんだものね。ぼくだってビールでもウイスキーでもウォッカでもいい、ガブのみしたい気がしたね。おじさん、早く!早く!立ち上がって! ぼくをはいて!ってさけんだよ。でないと、ぼく死んじゃうよ。みんな不幸になってしまうよ!って。
 そんなある朝、“ゴロゴロゴロ!”くつ箱の戸がひらいたんだ! まぶしい朝の光が、サッとぼくの上にさしこんだよ。朝のこない夜はないというわけだ。おじさんはぼくに手をのばしたんだ。ぼくは、さけんだね。
 “おじさん、はやくぼくをはいて! そして、歩いて! 走って! ぼくを役に立てて! そしてぼくに生きがいをちょうだい!”
 おじさんはぼくをくつ箱から取り出し、ホコリをはらって、つめたくかたいゆかに投げおろしたんだ! ぼくは飛び上がってよろこんだね。おじさん、ありがとう!≠、れしくて片方は、ころがってひっくりかえってしまったよ。奥さんがあわてて玄関に出てきて、しんぱいそうにあなた、どこへ行かれるんです?≠ニたずねたよ。おじさんは答えたね。仕事さがしだよ。いつまでもこうしているわけにはいかないだろう。オレには家族と社会にたいする責任がある!≠チて、まるでタンカをきるようにおじさんはいったんだ。あのときのおじさん、カッコよかったねえ。


 それからというものは、毎日毎日、おじさんの仕事さがしがつづいたね、ぼくもいつもおじさんといっしょだったわけだ。おじさんの自宅と街角のハローワーク、会社訪問、ぼくはそれをなん十回となくくりかえしたよ。毎日ホコリにまみれドロンコにもなったけど、オー・ハッピー! ぼくはしあわせだったよ。おじさんガンバレ! おじさんガンバレ! ぼくもガンバルから!=@ふかいしあわせってね、〈愛〉と〈ガンバルこと〉といっしょにあるんだとおもうよ。公園のベンチでうなだれるおじさんをけんめいにはげましたんだ。
 こうして4カ月、おじさんには建築会社の営業の仕事がみつかったんだ!
  ふと気がつくと、ぼくはこの姿だったんだ。でもぼくは、うれしいんだ。ぼくはしあわせなんだ。ぼくはくつだ。そしてくつの一生をいっぱいいっぱいに生きることができたんだもの!
 この世の中、すべてはくちるんだ。であれば、  チョウはチョウをクリアして、くちることがたいせつなんだ。
 花は花をクリアして、鳥は鳥をクリアして、人は人をクリアしてくちることがたいせつなんだ。
 ぼくはぼくをクリアして、まもなく終わることができるんだとおもうよ。きみたちだって、そうだよ。それ以上に、何をのぞむことがある?
 愛と輝きとともに自分じしんをかけぬけることができたら上等さ。もえながら、自分と他人を生かすことができれば上等さ。そして、自分じしんをくちることができたら、もう何もいうことはない。あとは、よろこびのなみだがあふれるばっかりで、最高だ!」
 みんなシーンとしてしまいました。
 「では、ぼくのかじられた肉はなにだったんだね?」 ズワイガニがつぶやくように、うったえるようにいいました。
 「君のぶあつく、おいしい肉はね、君を食べてくれた人間になって、いまも街のどこかで大活躍しているとおもうね。きみが、焼却場の灰になったあともまだ生き生きとかがやきながらね………ぼくたちは、他にあたえた分だけ、いつまでも死なない!」






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