◆「こころの時代」シリーズ5◆           最新更新 H14・3・21
【星空と子馬】





 ひる間のにぎわいは何だったのでしょう。
 いまはときおりつめたい風がプッとふいて、人々がのこしていったカラの菓子ぶくろをころがしたりまき上げたりしてあそんでいます。

 ここは、夜の遊園地です。
 こどもたちを背中に乗せて一日中走りまわったメリーゴーランドの12頭の子馬たちは、すっかりつかれてウトウトしはじめています。白い子馬、茶色の子馬、青い子馬、赤の子馬、黒い子馬、灰色の子馬………

 しかし、灰色の子馬だけはねむれそうにありません。まだ、ひる間のにぎわいが、耳と頭のなかをかけまわっていました。それもそのはず、きょうは、はじめてこの遊園地にジェットコースターが走ったのです。ゴロゴロガタガタとなんとうるさかったこと! しかし、このジェットコースターがすごい人気で、乗り場には長い行列ができました。だから、ジェットコースターはフル運転。おまけにとなりのメリーゴーランドまでが休むひまがありませんでした。
 灰色の子馬はきげんをそこねていました。
 「くる日もくる日も、イタズラっ子たちをせなかに乗せて同じところをグルグルグルグルまわって、いつかぼくはこわれてしまうのだ。いそげ、いそげって、ぼくのおなかをクツでけるヤツもいて、ぼくのおなかはハゲコツじゃないか! 計算高いにんげんどもは、1回300円でどれいのようにぼくたちをはたらかせて、もうけはじぶんのポケットにしまいこんでしまうのだ。あー、おもしろくないよ」
 夜空は一面、数えきれない星にかざられています。
 キラキラとかがやく星の世界は、遊園地のようにホコリっぽくはなく、うるさくなく、300円を自分のポケットにしまいこんでしまうにんげんもいません。おなかをけるわんぱく坊主もいません。
 「おーい、灰色の子馬、なにをぼやいているんだい?」
 こういったのは、新入りのジェットコースターでした。
 「遊園地とはちがって、星空の世界は美しいなってね。あんなところで暮らせたら、どんなにすばらしいだろうかなって、考えていたところなんだ」
 「なるほど。ではぼくが星空の世界へ連れていってあげようか?」とジェットコースターがいいます。
 「え、ほんとう?」灰色の子馬はびっくりです。
 「もっともっと走りたい気持ちなんだ。力があまっていてね!」とジェットコースターがいいます。
 「では、たのむよ」
 「OK!」


 「フヒョー!」 灰色の子馬を乗せてジェットコースターは遊園地の空へかけのぼってゆきます。
 「さようなら、地球! ぼくはもう帰ってはこないからね」
 メリーゴーランドが、遊園地が、どんどん小さくなってゆきます。

 「ところで、どっちへゆくんだい?」
 「あの一番大きくかがやいている星、あの星がいいよ! あそこでぼくは楽しくくらすんだ!」
 「ああ、よいの明星ってやつだね。あれは金星だよ。太陽系の第2わく星」
 「そう、金星、金星がいい!」と灰色の子馬はさけびました。
 「OK! ぶっとばすぞ! フヒョー!」
 ジェットコースターはすごいはやさで走りはじめました。ビュンビュン風をきっていましたが、たちまち風をきらなくなりました。
 「もう、空気がないところまで地球をはなれたというわけだよ」とジェットコースターがいいます。
 「宇宙にとびだしたってわけだね」
 「うん、地球だって宇宙の一部ではあるけどね」
 「それ、前方に白茶色の大きなボールがみえるだろう」
 「うん、あれは何?」
 「あれが金星だよ!」
 「キラキラかがやいていないじゃないか!」
 「二酸化炭素といちめんの雲におおわれているんだ」
 「なんだか、いん気くさい星だよ。きみがわるいね。ぼく、ほかの星がいいよ!」
 「OK!」

 「あの星がいい」と、子馬は水星をえらびました。
 「よし、水星だね。太陽系第1わく星だ」
 「うん、水星がいい!第1だし…」
 「よしきた、フヒョー!」
 水星めざしてジェットコースターは走ります。
 「ねえ、ちょっと暑くない?」 しばらくして子馬がいいます。
 「水星は太陽のわく星のなかで、一番太陽に近いんだ。だから、近づけばどんどん暑くなるよ」
 やがて、ジェットコースターと子馬の塗料のこげるにおいがしはじめます。
 「だめだ! 水星はよそうよ! 二人とももえてしまうよ!」と子馬はさけびました。
 「では、どうする?」
 「火星、火星へいってくれる?」
 「ああ、いいとも! 太陽系第4のわく星だね」

 ジェットコースターと子馬は、こんどは火星をめざします。赤茶色の火星がグングン近づいてきます。やがて、砂地や山が見えます。
 「もうすぐアレス谷に到着するよ」とジェットコースターがいいます。
 「ドキドキするね!」灰色の子馬がさけびます。
 とうちゃくした火星は、茶色い砂と小石と岩ばかりのさっぷうけいな場所でした。虫一匹、花一輪、草一本はえていません。もちろんわんぱく少年もいません。
 「さびしいところだね。星なのに、光っていないじゃないか」
 「ここでくらすかね? ここでよければ君をのこして、ぼくは地球へかえるよ」
 「いやだよ。あそこに見える大きな星にいってみてよ!」
 「ああ、木星だね。太陽のわく星のなかで、一番大きい星、第5のわく星だ」
 「そこへゆけば、なんだってあるかもしれないよ。おとぎの国だとか、夢だとか、ごちそうを食べ放題のレストランだとか………」

 「では、木星へゆくよ!」
 ジェットコースターは、木星にむけて走ります。
 しかし、木星は火星よりもっとぶきみな星でした。固形の水素と液体の水素と気体の水素、ほとんどが水素でできあがっているらしく、とうてい子馬がすめるような星ではありません。
 「どうするかね」ジェットコースターがたずねます。
 「もう1回だけ!」と子馬はいいました。「もう1回だけぼくのわがままをきいてくれる?」
 「しかたないねえ。では、もう1回だけ」とジェットコースターがいいました。
 「あの青く光っている星がいい!」と、灰色の子馬がさけびました。
 「え? 青く光っている星?」と、ジェットコースターがたずねます。
 「そうだよ。あそこに青空のようにかがやいているあの青い星だよ。宝石みたいにきれいじゃないか!」こういって子馬は太陽のほうをゆびさしました。
 「ああ、そうかい。では、青空のようにかがやいている星にむけて出発するとしよう!」
 ジェットコースターはフルスピードで走りました。
 「もうすぐ遊園地だ!」とジェットコースターがいいました。
 「え? なんだって?」
  「青い星は地球だよ。いまならまだ遊園地の開園時間にまにあいそうだ」


   灰色の子馬とジェットコースターは、遊園地に帰りました。子馬はメリーゴーランドの自分の場所にもどり、ジェットコースターも線路のうえにおさまりました。
 遊園地の係員は、夜中におこったことには気づいていません。
 やがて入り口が開かれ、先をあらそって子どもたちがかけこんできました。
 「ぼくが一番に乗るんだ!」と男の子がさけびます。
 「どけ! オレが一番だ!」わんぱくぼうずが友だちをおしのけます。きのうとおなじように、にぎわいがはじまりました。「いや、いっしょにならんで乗るんだったね」
 「そうだよ!」
 係員のおにいさんがスイッチをいれました。ブーンとモーターがまわって、ジェットコースターが急なレールの坂をのぼりはじめます。係のおにいさんは、このジェットコースターは電気がなくても、スイッチを入れなくてもごきげんで走るのだということを知らないようです。
 風がふいてきて、ホコリをまきあげ、お菓子のふくろをプッとふき上げました。
 さきほどのわんぱくぼうずがジェットコースターをおりて、メリーゴーランドに近づいて灰色の子馬のせなかにまたがりました。
 メリーゴーランドの係のおねえさんがスイッチを入れました。
 ♪トロリントロリン トントントロリン♪
 メロディーがながれて子馬たちが走りはじめます。  わんぱくぼうずは灰色の子馬のおなかをクツでけって「走れ!走れ!」とゆさぶりました。

 地球! そこにはもえる命がありました。
 地球! そこには元気な子どもたちがいました。
 地球! そこにはあたたかいにぎわいがありました。

 「もえる命と元気な子ども、それからあたたかいにぎわい、星空よりもずっとすばらしいんだ!」と、灰色の子馬はさけびました。
 ジェットコースターがいいました。
 「子馬くん、君の体を見てごらん」
 「えっ?」
 子馬が自分の体をふりむくと、子馬の体は金色にかがやいていました。子馬はいいます。
 「ぼく、金色なんてはずかしいよ。灰色でいいんだけど・・・」
 「ま、そういうなよ。真実にめざめたものは、金色にかがやくんだ」  ふたたびジェットコースターがいいました。
 「君はけっきょくきのうとおなじ場所にもどったね。けれど、まるで真夜中の12時をさしていた時計の針がこんど同じ12時をさしたときは真昼であるように、君はまったくきのうまでの君ではないよ。それはとっても偉大なことなんだ! 大切なのは遠いめずらしい世界を見ることではない。自分が立っている足元を確かに知ること、そしてそれを心から愛せる自分に変身することなんだ。その者だけが、遠くを正しく知ることもできる」
 「やがてぼくはこわれて解体されてしまうときが来るだろう」子馬がつぶやきました。「こわれるまでの命を、せいいっぱいもえながら走ることがぼくの仕事だ! わんぱくこぞうよ、ぼくのせなかにまたがるがいい! ぼくのせいいっぱいの走りをいっしょに経験しようじゃないか! ぼくの走りはこうなんだ! こうだ!! わかるかい!?」
 こころにさけびながら、せいいっぱい大きく大きくジャンプする子馬の目にキラリと光るものがありました。
 そうして、子馬が最後につぶやいたことばを、わたしたちはききもらすわけにはゆきません。

 「地球こそ、最高! 遊園地こそ最高!」






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