◆「こころの時代」シリーズ6◆          最新更新 H13・5・25
【つかのまのいのち輝いて】





 庭の花壇にグラジオラスの花が咲きました。ここはある書道の先生の家です。グラジオラスというのは、ラッパの形の花が、まっすぐなクキいっぱいにならんで咲く背の高い花です。
 わたしたちは、こころの目をひらていれば、身のまわりのあちこちに数々のおもしろいお話を読むことができるものです。
 そうです、この書道の先生も、小さな花だんに小さな人生のお話を読みました。
 花だんのグラジオラスは、赤、黄、白の3本でした。
 「ほほう、同じ花だんに咲いても3本とも色がちがうというのもおもしろいことじゃ」とおじいさん先生はつぶやきました。「それぞれに色がちがうのは、遺伝子のちがい、造物主のはからいによる個性というもので、ああ、すばらしいかぎりじゃわい」


 しかしその夜、ふきんいったいには強い風が吹きあれました。ちょっとした、あらしでした。背の高いグラジオラスにとっては、この風はたいへんな試練というものです。風はひと晩じゅうふきあれました。
 「ゆうべは雨戸がガタガタとうるさくて、よくねむれなかったわい」  ようやく風がおさまったあくる朝、先生は大きく背のびをして庭先におり立ちました。それから3本のグラジオラスに目をやりました。しかし、3本はもはやまっすぐな姿ではありません。
 白いグラジオラスは根もとちかくでポッキリおれて、たおれています。
 黄のグラジオラスは葉はおれ、くきはゆがんで、いまにも頭が地面につきそうです。ですから、先生はいそいで竹づえを立てて、それにくくりつけてやらなければなりませんでした。
 赤のグラジオラスはどうなっていたでしょう?
 これもやはりゆがんでいました。しかしそれは長くスマートな葉とあいまって、ちょうどじょうずな書家が書いたくずした文字ににたきれいなバランスを見せています。2本の葉は右に長くのび、くきは一たん右に大きくかたむいて、花の先はまっすぐ天にのびているのです。それは、風が吹くまえよりはるかに美しい姿でした。
 「わしの書より、いく倍も味があるではないか!」 先生はひとりさけんでしまいました。「いずれ世のなかには強い風がふくのじゃ。その試練をたえぬいた者のみにゆるされる、おお、なみだがこぼれそうな美しさじゃ! 芸術じゃ!」
 3本のグラジオラスは、同じ風の試練に出あったのです。
 「ああ、この3本の花、これが試練に勝った者と残念ながら負けてしまった者の姿じゃ。だれもが赤いグラジオラスのように、勝って、体ごと美の世界にはいることがすばらしいのじゃ。わしは、あらしに大切なことを教えてもらったものじゃ。みんなにこのことをはなして聞かせよう」
 先生はこういって、書道の展覧会のしごとで京都へ出かけてゆきました。そうして、出あうひとごとに赤いグラジオラスの話をして、一週間ぶりに家にかえりました。
 「赤いグラジオラスを見るのがたのしみじゃ」
 よく朝、ひさしぶりで先生は庭におり立ちました。そのとき、先生の足もとが、ガクッとふらつきました。
 グラジオラスの姿が一本も見あたらないのです。それもそのはず、白いグラジオラスも、黄のグラジオラスも、赤いグラジオラスも、みんなたおれてカサカサに枯れていました。


 「せいいっぱいがんばって生きたいのち。それはいったい何だ? つかのまの花のよそおいか? 体ごと美の世界に生きた、いのちの輝き、それは死のヤミのまえにすべて吸い取られ、かきけされてしまうのか?」 そうつぶやくおじいさん先生の顔はしわくちゃにゆがみました。「わしの書と、らんざつな文字とは、どこがどうちがうというのだ? すべてはすぎさり、すべてははかなくきえるというのか?……… いや、そうではあるまい」と、おじいさん先生はこころにさけびます。「美しさは宇宙に実った一つの金の果実として、永遠に輝くのだ。ひとびとの評価にかかわりなく、何ものにもおかされることなく、輝きつづけるのだ! 正しさと同じように、けだかさとおなじように、きよらかな愛と同じように!」

 その夜、おじいさん先生は、あたまのなかを芸術のことや命のこと、人間のこと、いろいろなおもいがかけめぐってねむれませんでした。ようやく、あけがたになってねむりにつき、先生はゆめを見ました。

 先生は、ひとり散歩をしているのでした。いつもの、ひょうたん池の散歩道ではありません。宇宙のはての星の道を散歩しているのです。やがて宇宙のはての扉がひらかれ、さっと光が宇宙のヤミをつらぬきました。そして、光のむこうからとてつもなく大きな声がひびいてきました。
 「はじめに光あり! 光はくらきに照る!  しかるにくらきはそれをさとらざりき」
   おじいさん先生は、とつぜんつぶやきました。
 「神ありて、宇宙。宇宙ありて、われ。神ありて、われ………」
 おじいさんの目から、なみだがこぼれました。寝どこのなかで、おじいさん先生はボロボロ泣いていました。
 「はじめに光あり! 光はくらきに照る!  しかるにくらきはそれをさとらざりき」
 ふたたび大きな声がひびきました。
 つづいて、手に手にカゴをたずさえた元気のいいこどもたちが扉から出てきました。せなかには2枚の小さなはねがはえていて、はねのつけねあたりから光のこなをふんしゃして飛び回るのです。まるで、きゅうきょくの最速ロケットといわれている光子ロケットのようです。こどもたちは声をそろえて歌いました。


 「♪金の果実はどこにある?」
 「♪地球という名の畑のなかの」
 「♪東や西や南や北に」

 こどもたちは、歌いつづけました。
 「♪金の果実はだれのもの?」
 「♪人から神へのおくりもの」
 「♪1つだけでも」
 「♪2つだけでも」
 「♪多くをつんで」
 「♪神の屋敷に帰りましょう」

 こどもたちは、地球のほうに手をのばして、まるで手品師が空気中からタバコやボールを取り出すように、金の果実をカゴに入れてゆきました。それといっしょに、タネまきをするように腰のポシェットからアメーバーをとりだし、宇宙にまきました。
 「♪アメーバーは小魚に参加して」
 「♪小魚となり」
 「♪小魚は大魚に参加して」
 「♪大魚となり」
  「♪大魚は人に参加して」
 「♪人となる」
 「♪人は金の果実を実らせて神へとつながる」

 「♪金の果実をだれがうむ」
 「♪あせする仕事でひとがうむ」
 「♪悲しみのなみだでひとがうむ」
 「♪愛するこころでひとがうむ」
 「♪きれいなこころでひとがうむ」
 「♪美を生むほのおでひとがうむ」

 「♪肥えた地球は何のため?」
 「♪金の果実の実をむすぶため」
 「♪金の果実は食卓に」
 「♪神の夕げの食卓に」
 「♪地球は果樹園、神の果樹園!」
 「♪地球は果樹園、神の果樹園!」

 こどもたちは、金の果実だけをカゴにつみおえると、また宇宙の扉をとじて出て行きました。
 あとには、ふたたびしずけさとヤミがおとずれました。





【おわり】


★ 【童話】22世紀のさけび
★ 【随筆】水のほのお
★ 【随筆】宝石箱(第1章)
★ 【童話集】カゲロウのうす羽のような(童話5編)
【小説】神々の死とパン
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