
スーパーマーケットの屋根裏で、小さなねずみの赤ちゃんが生まれました。おとなのねずみたちは、よくものを盗みます。しばしば困ったいたずらをします。ことにここはスーパーの屋根裏です。下の世界へおりてゆけば食べものがいっぱい、よりどり見どりです。
しかし、生まれてまもないねずみの赤ちゃんは、「チュッチュ」「チュッチュ」となくだけで、まだ盗みもいたずらもしりません。だから、わたしたちはこの子のことを〈よい子のねずみ・チュッチュ〉とよぶのです。
屋根裏、そこはたいそう暗いところでした。ゴミゴミしていて、とても気持ちの悪いところでした。しかし、よい子のねずみ・チュッチュのそばにはいつもおかあさんがついていて、たいへんこの子をかわいがりましたから、チュッチュは暗いことなど少しも気になりません。おかあさんに抱かれてお乳をのみながら、いつも小さなこころに感じるのでした。
「ぼく、しあわせ……」と。
夜中になって、下の世界の人間たちのにぎわいがきえます。屋根裏の大きなねずみたちは、
「では、そろそろお出ましとするか」などと、かってなことをいいながら、店のなかへとおりてゆきます。そうして、そこから先はやりたいほうだいのしたいほうだい、アゲをかじるは、チーズを盗むは、ハムを食べるは、ソーセージはかじりかけでほうっておくは……それはひどいじょうたいでした。
スーパーの支店長をはじめ従業員はねずみたちのしわざに困りはて、ねずみ退治の方法をしあんしていました。
ねずみ退治用のドク入り肉だんごの使用は食品売場では禁止されていて、人間たちは古いタイプのねずみとりカゴとバインダー式のねずみとり機をしかけました。
しかし、おとなのねずみたちは、このワナのことなどとっくに見ぬいていて、
「へへ、こんな仕掛けになんか、かかるものか! こちとらはこちとらの用をすませば、はい、シッポをふって屋根裏へさようなら、まったくお気のどくさまっていうもんだ!」 こういってねずみとり機のそばをスレスレにとおりすぎてゆくのでした。
屋根裏は、夜ごと下の世界から盗んできたごちそうでいっぱいでした。
しかしよい子のねずみは、そんなま夜中にはいつもすやすやとねむっていて、きれいなゆめを見ていました。
そう、ある夜のことチュッチュは、人間たちのことをゆめに見ました。
この子はまだ一度も人間を見たことがありません。ですから、よい子のねずみのゆめに出てきた人間は、たいそうねずみに似た姿をしていました。そうして、人間たちだれもが、よい子のねずみとおなじようなこころをもっているのでした。人間たちはすこしも罪やけがれをしりません。みんななさけぶかくやさしかったのです。おかあさんとおなじようにチュッチュをたいそうかわいがって、ほほずりさえしてくれました。
かれは、ゆめからさめると、すぐにこういいました。
「ぼくは人間たちのところへ遊びにゆくんだ!」
その日の午後、屋根裏のおとなのねずみはみんなねむっていました。おとなのねずみたちは夜はたらくので、ひるまはねむっています。ですから、チュッチュはたったひとりで起きていてつまらなかったのです。
「おかあさんが起きたころに帰ってこよう」 こういって、チュッチュはやさしい人間たちのいる世界へ、ゆっくりとおりてゆきました。しだいに、人間たちの声が、にぎわいが、大きくきこえてきます。
「買った、買った、安いよ、安いよ、安いよ!」太い元気のいい声がきこえました。「買った」って、なんだろう?「安いよ」って、なんだろう? かわいいってことなんだろうか? やさしいってことなんだろうか?
よい子のねずみはうれしくなって、むねがドキドキしました。
「おかあさん、ぼく、人間たちのいいお話をたくさんもって帰れそうだよ……」 よい子のねずみがつぶやきました。
人間の世界、そこは目もくらむような光にあふれていました。てんじょうから、光がキラキラとふっていました。その輝きのなかで、よい子のねずみがはじめてみたものは、板のうえにバネのついた、ふくざつな機械でした。
「これはなんだろう? むつかしいな。人間て、おとなのねずみよりももっと頭がいいのかもしれないぞ」よい子のねずみは目をかがやかせて、ふくざつな機械に近づきました。
バタン!
はげしい音が一つきこえました。
「あら? 何の音?」
買い物ちゅうの女のひとがつぶやきました。それから女のひとは大売出しの品さだめをつづけました。スーパーのにぎわいはいつものとおり、9時の閉店までつづきました。
これが、よい子のねずみ・チュッチュのお話です。
そうしてわたしたちは、最後にためいきをつくようにいうのです。
「とかくこの世のなかは!」
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