わたしたちは、ついに21世紀を迎えましたね。これはたいへん、おめでたいことです。まずは「おめでとう!」をいいましょう。
さてみなさん、ここにふしぎな望遠鏡があります。こんなにゆかいな望遠鏡はデパートに行っても売っていません。
それはだれもが1台、頭のなかにもっている〈想像〉という名の望遠鏡です。
いま、わたしたちはこの望遠鏡で、年をおって未来の世界をのぞいてみるとしましょうか。
●2011年
街はたのしそうです。色と形と音でにぎわっています。それらは〈かなしみ〉とか〈自分自身〉とかをわすれさせてくれます。〈かなしみ〉だとか〈自分自身〉を知るということは心と頭が重たくなることかもしれません。だから多くのひとたちはそれからソッポをむきたがります。
「あいにく仕事がいそがしいんでねえ」 「そんな疲れることはごめんこうむりたいねえ」 「1円のカネにもならないだろ?」などといいます。
だが、こころが新しい若者たちの一部は、そのままではこころがみたされません。
だから、きずつき、手抜きするおとなたちに反発もします。けいたい電話でともだちを呼んで、街角にしゃがみこんで、自動販売機にコインを入れてビタミン入りの水を買って飲みながら、それから、何をしたらいいのかとまどってしまう若者がいます。ポッカリ開いた心のアナをうずめようとマシンのパワーを借りる若者もいます。
ヒューヒューと泣くように胸のかなしみが夜のヤミを走り抜けたりします。若い女の子の目のわきには、銀色のなみだがはりつけられています。ほんとうのなみだは、少女のこころのなかを、昼も夜も小さな音をたてながら、せせらぎのように流れつづけているようです。目のわきのなみだは、その表現なのかもしれません。
若者たちの胸のなかには、たえずこんな言葉がくりかえされています。
「ねえ、だれか、ぼくにもわからないぼくのこころを理解しておくれ! ぼく自身をリードしてくれる光をあたえておくれ! この世はサバク! ぼくのこころもサバク!」
多くのひとたちは、
「わたしたちのこころに平和を! そして、ほんとうのしあわせを!」と、願っています。
しかし、ひとびとは、なかなか平和とほんとうのしあわせを手にすることができません。アメリカのサブプライムローンにはじまった経済危機は解決しきれないまま世界に暗いカゲをおとしています。いろいろな不幸やさまざまな事件が毎日つづきます。そのたびに「またか!」と、ひとびとのこころがキズつきます。社会にはたくさんのウソがゴロゴロころがっています。ウソに対して「そんなのよくあることさ」とひとびとはなれっこになろうとしています。「いちいちとりあってなんかいられないよ」
まずしいひとたちが地球上には大勢います。力のよわいひとたちは、どんどん社会のすみっこにおいやられ、地球からこぼれおちそうです。地球の果ては、“まずしさという果て”なのかもしれません。その一方で、お金持ちはごちそうを食べすぎておなかをこわしているようです。あいかわらず世界のどこかで戦争がつづいています。エゴとエゴが衝突するのです。両方ともが自分のエゴに〈正義〉という名の金ピカの冠をかぶせて戦っています。ひととひとが憎みあい、多くの血が流され命が消えてゆきます。のこされた者もキズつき、くやしなみだを流します。「きっと仕返しをしてやるぞ!」と、こころにきめています。まだまだ世界には深いかなしみの霧がたちこめているようです。
●2012年
かなしみの霧のなかから、ひとりの学者が立ち上がってひとびとによびかけます。
「科学だ! モアテクノロジーだ! 科学にこそ寄りかかるべきだ! もっと技術を、だ! コンピュータだ! ロボットだ! バイオテクノロジーだ! 遺伝子操作だ! われわれは、われわれじしんのクレバーな頭脳による科学のすみやかな進歩に、われわれの未来ヒューチャーの平和としあわせの願いをたくすのだ! われわれは自信をもってわれわれの……」
このひとの話すことばのなかには〈われわれ〉ということばと〈横文字〉がくりかえし出てきました。
そこでひとびとは、なんだかこの学者がたいそうむつかしいことを語っているようにおもい、このひとはきっと偉いひとなのだとおもいこんでしまいました。あんがい真実は、かんたんなことばで語られるものなんですがね。それにこのひとは、ノーベル賞をうけているとのことです。肩書き好きの知識人たちはくちぐちにいいました。
「あのひとのいうことならまちがいない。なんといっても、かれはノーベル賞学者なんだから!」
あ〜あ。
●2020年
ひとびとは、しあわせの願いを科学にたくしました。
あちこちの工場ではロボットが、わがもの顔ではたらいています。仕事をなくした労働者たちが〈解雇無効〉のデモをくりかえします。ネットカフェ難民やニートの数が500万人ともいわれます。
また家庭では、ひとりぼっちのお年寄りがふえ、その孤独なこころをなぐさめるために『お相手ロボ』というのが活躍しています。『お相手ロボ』というのはよくできていて、24時間お年寄りの相手をして話をすることができます。シャレを言うと笑ってもくれます。たとえば「あのチビッ子はよくいちびるねえ」などと言うと、そんなていどでも笑ってころげて見せます。ちょっとサービスが過ぎるようです。しかし一人のお年寄りが悲しそうに言いました。
「けんどな、お相手ロボをついつい抱くとな、冷たいんじゃよ。死んどるみたいでつまんねえ・・・」
山陽新幹線がトンネルのなかで、大きな事故をおこしました。トンネルのカベからはがれおちたコンクリートのかたまりに、240キロのスピードでのりあげ、脱線して火災をおこします。18人が犠牲になりました。死者がこのていどですんだのは、奇跡的だと新聞がかいています。
世界人口が75億人を越えました。スーパーの食料品売場の食品の80%が、遺伝子組みかえ食品にかわりました。75億の人々の食糧をまかなうには心配な遺伝子組みかえ食品にたよらなければ仕方がないそうです。電気は、92パーセントが原子力発電によるものだということです。各国で原子力事故がときどき起こります。公表されない小さな事故は、たびたび起きているということです。
あるひとが、当たったことをいいました。
「いまや時代は、死ぬかくごをきめないと生きられない時代になってしまった!」
月旅行用のロケットの開発が、アメリカ、中国、ロシア、日本の共同でいそがれています。
いま走っている新幹線は古くなったので、新新幹線をつくろうという計画がもちあがりました。
●2030年
高性能スーパー人工頭脳ロボットがアメリカのIBM社によって開発されます。むつかしい数学の計算は朝めしまえ、英語、ドイツ語、フランス語、日本語、ロシア語、中国語、アラビア語の、よみ、かき、会話ができます。世界の名曲5000曲を自分で演奏し歌うこともできます。タンクに水を入れておくことをわすれなければ、なみだをながすこともできます。「シューベルトの子守歌」「アベマリア」「月の砂漠」をじぶんで歌い、じぶんでなみだを流したと、ニューヨーク・タイムズ紙がつたえています。
テレビ局のレポーターが、IBM社の副社長にマイクをつきつけてくいさがりました。
「そのなみだのウラに、感情のこみ上げはあったのでしょうか?!」
IBMの副社長は、自信まんまんに胸をはってこたえています。
「Yes of course! もちろんです! いまや、ひとびとにかわって、ロボットがなみだもながしてくれる時代になったのです。なんと便利になったのでしょう」
「………」
まわりにいたひとたちは、シーンとして引いてしまいました。こころのなかで、つぶやきます。「にんげんはいったい何をすればいいんだ!」
ホンダ、ソニー、日立が、IBM社においつこうとけんめいです。ホンダと日立は、ばく大な研究費をせつやくしようとホン日ロボットという合弁会社をつくり、試作をくりかえしています。
●2040年
新しく新幹線をつくるくらいなら、リニアモーターカーを走らせるほうがいいということになって、はなばなしくリニアモーターカーの開通式がリニア東京駅でおこなわれています。くす玉が割られ、国土交通省の大臣やアイドル歌手たちがテープを切っています。南アルプスを一直線にくぐりぬけ、東京−大阪のあいだを、32分ではしります。むかしむかしの「つばめ号の7時間」、「東海道新幹線の2.5時間」それにくらべて32分はケタちがいの速さです。
「ぼくたちはそんなにいそいで、なにをしようというのだ!」とあるひとがインターネット新聞にかいています。そうです、50年まえにも同じようなセリフをわたしたちはききました。
「せまい日本。そんなにいそいで、どこへ行く」
なぜか、ひとはいそぐのです。いそぐと、むこうにしあわせがまっているように思うのかもしれません。ある詩人が風刺的にかいています。「ひとは、まるで幻のニンジンを目のまえに吊されたウマのごとしだ」
月と地球のほぼ中間点に、大きな宇宙ステ−ションができあがりました。アメリカ、中国、インド、日本、ベトナムが協力をしてつくりました。ここを足場に旅客用月ロケットは月にたどりつこうというわけです。月の地下に基地がつくられます。ここにはロケットの月の駅がつくられ、ホテル、ショッピング街、病院などが入る予定です。基地が地下につくられたのは、月の表面のはげしい気温の変化、X線や紫外線をふくむ太陽のふくしゃ熱からひとびとの体と街をまもるためです。
また、太陽の光と水から高級宇宙食クロレラ・スーパー・デラックスが完成されました。これを食べると1週間、なにも食べなくてもだいじょうぶなのです。
●2050年
50年以上も前から心配されていた第2関東大震災がおきました。震源地は東京湾のほぼまんなかです。地震のゆれと、火災と、津波でその被害はばくだいです。死者29770人、失った建物271213戸、リニアモーターカーが脱線てんぷく、車体と乗客の体は3キロ四方にとびちりました。
東京がかいめつじょうたいになったので、首都をいそいでほかの場所にうつしかえることが国会できまります。とたんに、北海道、長野、岐阜、福井、滋賀、三重、和歌山、その他12の道と県が首都誘致に手をあげました。その結果、首都は岐阜県にきまりました。
岐阜県の首都誘致特別委員会が自民党に多額のワイロをわたしたのではないかという疑惑がもちあがりました。国会はもめにもめ、解散総選挙になります。いつまでたっても、政治はよくならないのでしょうか。
●2060年
旅客用月ロケットの地球基地がケネディー空港の隣にできあがりました。はじめて、乗客28人をのせたロケット「ムーンライト号」が発進しようとしています。世界の大金持ちがのっています。月に1週間とどまって往復運賃は4200万円だそうです。日本人は3人のっています。ソニーの会長のむすめ盛田さん、トヨタ自動車会長のまご豊田さん、武富士の会長自身の3人です。
月ロケットのはなやかさのカゲで、あいかわらず、地球上のあちこちではテロと戦争がつづきます。
おとなたちの戦争のまきぞえで死んだおさない子どもの姿がインターネットテレビに映しだされています。兄弟なのでしょうか、子どもは二人いて、こわれたコンクリートのゆかに寝かされています。体のうえには小さなボロぎれが1枚かけられています。ボロぎれからはみだした4本の足がみえます。4本の足はそれぞれに小さなクツをはいています。クツはまだ新しいもののようです。ゴムのミゾが、はっきり映っています。この子たちはこのクツで、野の花や飛ぶ鳥を見つめながらもっともっと歩くはずだったのです。大空のしたを「キャッキャッ!」とさけびながら走りまわったにちがいありません。その生きているよろこびを、もっと長くつづいたはずのにんげんのドラマを、輝きを、だれが奪ったのでしょうか! だれに奪い取る権利があったというのでしょうか! ぜひ、教えてほしいと思います。
子どものそばにつっ立ったひとりの老人がしぼりだすような声でいいました。
「いつになったら殺しあいをやめるんじゃ。にんげんは、もっとしずかに生きられんのかね。……そうじゃ、もっとしみじみと生きられんのかね」
●2070年
こんご月が観光の目玉になり、住むこともできることがわかって、世界中で「月はどこの国のものか」ということが問題になります。中国は「半分は自分のもの、あと半分がアメリカのもの」といいます。インターネット新聞がナンセンス ハーフ=i理由のない半分)とかいています。アフリカは「地球上の国の面積と同じ比りつでわけるべきだ」といっています。中国、ロシアも賛成しています。日本はアメリカの主張にあわそうと、アメリカの出かたを横目で見て、まっているようです。むかしからよくあるパターンです。
小学校の教室で、先生が「日本の首都はどこですか?」と生徒にたずねています。大勢が「ハイ!」「ハイ!」とげんきよく手をあげます。
「では、みんなでいっしょに答えましょう」と先生がいいます。
「岐阜都!」と、子どもたちが大合唱で答えます。
「では、まえの首都は?」
「東京府!」
「はい、よくできました」
●2080年
月の石を熱して、水をとるほうほうが発明されました。月への貨物用ロケットもとびはじめ、ひとびとの月への大移動がはじまります。1日に22便の定期ムーンロケットが地球と月のあいだを往復しています。この移動はだいたい2100年までつづきます。
クロレラスーパーのほか月の生活に便利な食品が1000種類ほど発明され売り出されました。
NHKと民放連が立体テレビ放送をはじめました。パナソニックとソニー、京セラが、インターネットつき立体テレビの大量生産をはじめます。小さなアタッチメントを一個とりかえるだけで、月、地球どちらででも使えるということてす。
●2090年
月に住むひとびとは、月の生活にあったいろいろな道具や機械をこしらえます。
エラトステネスクレーターのなかに、大都市ができました。
そこには、病院はもちろん、スーパーマーケットやコンビニ、学校、ハンバーガーショップ、図書館、警察や裁判所、雨でも遊べるドーム公園やゲームセンターもあります。ひとびとは自動車のかわりに、磁力ヘリコプターにのってあちこちに出かけます。
地球をまったくしらない子どもが大勢とうじょうしました。だれかが、この子どもたちに〈ムーンチャイルド〉というなまえをつけました。〈ムーンチャイルド〉それは世界の流行語になり流行語大賞を受賞します。〈ふるさとを持たない者〉とか〈根なし草〉という意味に使われるようです。新入生が転校してきます。すると、子どもたちは「ムーンチャイルドだ!」と、いいます。ムーンチャイルドは、しきりにおとなたちに地球のはなしをききたがります。やはり、地球こそがひとびとのふるさとであるからかもしれません。
「地球はふるさと」というタイトルの曲が大ヒットしました。若い男女のペアが歌っています。オリコン1位を6か月間つづけ1650万枚のシングルCDが売れました。
●2101年
ひとびとは、ついに22世紀にたどりつきました。
お聞きください。夜のエラトステネス・ロケット基地にひびくスピーカーの女性アナウンスの声を!
「20時20分30秒発、地球『岐阜行』ロケットにおのりのお客さまは東17番タラップへ。20時27分22秒発、急行地球『サンフランシスコ行』におのりのお客さまは南15番タラップへおいそぎください。20時45分01秒発、月『虹の海行』におのりのお客さまは東33番待合室で立体テレビでもごらんになりながら、いましばらくおまちあわせくださいませ。なお、地球ニューヨークよりの特急グロリア・エーテル号は、途中バンアレン帯の磁波変動のため約28秒延着の予定でございます」
こうして22世紀をむかえ、かつてひとびとがしあわせの願いをたくした科学の夢は大きく前進しました。わたしたちのしあわせも大きく前進したのでしょうか?
わたしたちはその大都市のある街角に目をむけてみましょう。
そこには背中に磁力ヘリコプターを背負った不安なかおつきの若者がしゃがみこんでいます。かれらの胸のなかにはこんなさけびがくりかえされています。
「だれか、ぼくにもわからないぼくのこころを理解しておくれ! ぼく自身をリードしてくれる光をあたえておくれ! この世はサバク! ぼくのこころもサバク!」
そうです、これは90年まえ、このお話のはじめにわたしたちが聞いたことばそのものです。
まずしいひとたちが地球と月に大勢いて、くるしい毎日をおくっています。力のよわいひとたちは、社会のすみにおいやられています。その一方で、お金持ちは食べすぎておなかをこわしているようです。あいかわらず世界のどこかで戦争がくりかえされています。ボロぎれの下にうごかなくなった子どもの足が見えます。新しいクツです。もっと走らなければならなかった、もっとよごされなければならなかったクツです。多くのムダな血が流され命がうばわれます。のこされた者もキズつき、くやしさのなみだをしぼります。にんげんはまだケダモノを卒業できないようです。あいてに仕返しをすることを心にちかっています。まったく、世界中にかなしみの霧がたちこめているようです。ひとびとはやはりさけんでいます。
「わたしたちのこころに平和を! そうして、まことのしあわせを!」
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