
満67歳。その老婆は在日の韓国人だった。顔といわず体全身が茶褐色で、亜鉛板を纏ったようであった。にぶく光っていた。夫はもう18年前、貧困の中で亡くなっていた。いま住まいの押入には現金を140万円ばかり貯えていて、他人と接触することはほとんどなく静かに暮らしていた。
ある晴れた日の昼下がり、老婆の家につながった鉄クズ置き場で傷付いた雀が一羽、大ネコに追われて逃げ場を失っていた。老婆は言葉にならない大声で懸命にネコを追い払った。
「ワーッワー! ターッ!!」 彼女は8歳の年から言葉を失ったままだ。祖国が南北に割かれた年だった。
猜疑に満ちた目で周囲を見回し、老婆は誰もいないことを確かめると瀕死の雀を拾い上げ、それから、ガサガサに荒れた皮膚のその胸に抱いた。羽毛に包まれた雀の小さな体は、まりのように丸く、生温かかった。久しく老婆の目に「祖国」が浮かんだ。その耳に「祖国」から海苔売りの声が聞こえて、
「のりエ〜ヤ のり1ウォン、のりエ〜〜ヤ」
遠く、幻聴のようであった。
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