◆こころの時代シリーズ13◆
童話 【 タ キ シ 】

光   あ   り   て
(絵) 田 嶋 万 里

2000年4月1日から 人目のお客様です




 これは、遠いとおいむかしのお話です。

   こんあい色の夜のみずうみに、小舟が一そう浮いていました。
 小舟の上には金赤色のかがり火が燃えて、パチパチと火の粉を飛ばしています。あかりは見わたすかぎりのなかに、これ一つだけでした。それから、小舟の上にはひとりの年老いた鵜匠(うしょう)。
 「ホッ!」
 「ホッ!」
年老いた鵜匠の息をつめた声が、黒い湖面にはねかえります。そのたびに、細いなわが引かれるのでした
 老人の左の手には、八本のなわがにぎられています。なわの先にはそれぞれ鵜がつながれていて、波間を泳ぎまわっているのです。泳ぎまわって、波にもぐって鵜がさかなをとらえると、
 「ホッ!」
 老人がたくみになわを引き、鵜のほそいノドにとりつけられたなわが、グッとしまるのでした。
 鵜は舟のうえに引きあげられ、さかなをはき出さされます。そのたびに、青い体の鵜の小さな目からひと粒なみだがこぼれます。
 こうして鵜は朝まで働き、こうして鵜匠は朝までかせぐのです。
 八羽の鵜は、ひと晩ぢゅうはたらきました。
 夜があけはじめたころ、鵜はようやく水からあげられ、たった一尾さかなをあたえられて竹カゴのなかにほうりこまれます。
 ギー、ギー
 鵜匠はゆっくりと、ろをこぎ、小舟はおだやかななぎの水面をすすみました。舟べりが水面をピタピタとたたきます。
 八羽の鵜は、みんな、つかれていました。つかれたこころの底でそっと老人をうらんでいました。おなかをすかせた自分たちをうまく利用して、えものを取り上げ、自分のかせぎにしてしまうからです。

 クッキッキッキッキッキ………
 つばさをきしませて一羽のヒヨドリが、白みはじめた東の空へまっしぐらに飛んでゆくのを、鵜たちは竹カゴのすきまから見ました。
 「みずうみは大きく、空ははてしなく広い。あのヒヨドリのように朝のみずうみを、ぼくにも飛ぶことができたら!」
 一番若い鵜タキシはこころに叫びました。
 クッキッキッキッキッキ………
 いま一羽、鳥が、東の空へむけてまっすぐに飛んで行きます。
 と、そのとき、東の空に、どうでしょう、鵜自身よりも、カゴよりも、老人よりも、舟よりも大きなバラ色の朝日が、ゴーッと、ほのおが燃えあがる音をたてながら昇るのを、若い鵜はたしかに見たのです。

 「万物のなかの王だ!」

 むねのなかに熱いおもいがつきあげるのを、タキシはおさえることができません。
 「あの太陽こそ、王だ! この大きなみずうみと空、それからすべてのものをつかさどる王! ヒヨドリたちも、きっとあの王のところへ朝のあいさつに飛んでいったのにちがいない!」
 そのとき、たしかに、遠くでだれかがさそっている声を、若い鵜はききました。
 「おーい、おいでよ!」
 「いらっしゃいよ!」
 タキシは叫びました。
 「ぼくも太陽へむかおう!」
 熱い感動のなみだがあふれ、大きな朝日はにじんで、七色に輝いて見えました。
 しかし、若い鵜は太陽にむけて飛べる身分ではありません。ひとときも鵜の首のなわがとかれることはないのですから。
 若い鵜は、やはり夜ごと竹カゴで運ばれ、灰色のなわにつながれて、
 「ホッ!」
 「ホッ!」
 さかなをとらえてはなみだとともに、はき出しました。
 けれども、若い鵜のむねのなかから、ただ一度カゴのすきまから見た大きな太陽のことはけっしてきえさることはありませんでした。若い鵜は竹カゴのなかで、せいいっぱいつばさを広げ、飛んでいるつもりになりました。

 「おお 太陽!
  そうつぶやいただけで
  ぼくのむねは なつかしさにわき立ちます
  おお 太陽!
  ぼくの始まりは
  きっとあなただったのでしょう!
   だからぼくのむねは こんなにもときめいて
   なつかしさにふるえ
   ふるさと 母へと
   たましいが引かれます
  この血 あなたからの血!
  この命 あなたからの命!
  おお 太陽! 光の王!
   ぼくは小さな小さな竹カゴのなかから
   たった一つのあなたにむけて
   ささやかなこのつばさ
   こころのつばさを
   力のかぎり ひらいています!」

 ある朝、波のない水面に、まるでこおりついたように、なわを首にまきつけた若い鵜が浮いていました。タキシは死んでいました。
 太陽へむけて、飛ぼうとしたのです。東の空へむけてはばたき立とうとしたのです。はばたき立とうとする若い鵜のなわを鵜匠が力いっぱいに引き、鵜のくびがしめつけられました。それでも鵜ははばたき立とうとし、鵜匠はなわを引き、だから深くくびがしまって折れたのです。鵜匠はもうやくに立たなくなったものを、みずうみにすてました。
 ですから……ほかの鵜たちは、けっして太陽にむけて飛び立とうとはしません。夜ごと、なわにつながれて魚をのんでは老人の手にはき出し、それはもう機械のようなしぐさになって、なみだをながすこともありません。

 としおいた鵜匠の家は、みずうみのほとりにありました。そまつなあばら家で、家のまえではむすこがひとり、すな遊びをしています。むすこは、ことし43歳になりました。生まれていらい、すな遊びしかしたことがないのです。
 老人は、なんとしてもこの子をささえてゆかなければならないのです。とっても、鵜を自由の空へはなってしまうわけにはゆきません。
 老人はすな遊びをしているむすこの頭をそっとなで、それから七羽の鵜をつれてこんやもみずうみに出かけます。みずうみはきのうと同じようにしずかです。
 老人はことし80歳になりました。じぶんの体をいたわるように、ゆっくりゆっくりと、ろをこぎます。小舟は、おきにむけて、しだいに小さくなってゆきます。小舟にのった老人のうしろすがたも、鵜とおなじように、ふかくつかれているようです。
 太陽はまっかに燃えて、西の水平線にしずもうとしています。太陽が水平線にしずむと、またヤミが世界をおおいます。
 しかし、小さな星たちをひきつれて………………

 遠いとおいむかしのお話です。




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